泣いてばかりの国

コはすでに涙は悲しいとき悔しいときだけに流れるものじゃないということを知っている。それを初めてわたしに教えてくれたのは、五歳くらいのころディズニーランドでエレクトリカルパレードを見ていたときだった。
「コちゃんこのパレード見ると涙が出そうになるんだよね。あと、魔法にかけられてでダンスするじゃない?本当はあのときもいっつも泣きそうになるんだよ。」

コは感受性が豊かなのかな、一方ニはそうでもなさそうな、と思っていたきょう、子供達におやすみをしてしばらくしてから様子を見に行くと、ニがいかにも今寝ましたと言わんばかりの不自然な土下座スタイルで寝たふりしていた。呼びかけるとそれは土下座スタイルの寝たふりではなくなぜか土下座スタイルで号泣していて、どうしたの?と聞くと「ニちゃんさ、ママに何回もさ、トイレットペーパーの芯のやつ片付けなさいって言われてたのにさ、何回も忘れてておやすみの前に思い出したの…なんで何回も忘れるんだろう!!」と、自分にキレて泣いていた。
「そんなことで泣かなくていいよ、思い出してちゃんと片付けたからよかったやん」となだめたら、静かにうなずき、しばらく泣いてからすぐに寝た。
コが横から「あれじゃない?ママに泣かなくていいよってやさしく言われたから感動してもっと泣いたんじゃない?コちゃんも今ちょっと泣きそうだったから」ともらい泣きしそうになっていた。おまえどんだけ泣くんだよ…そしてやさしく言われたから感動して泣いたってわたし普段どんだけ鬼なんだよ…。
もう泣きどこのなにがなんだかよくわからない姉妹であった。