ロックンロールインマイヘ

去年の話だけどテレビで泉谷しげるを追ったドキュメンタリーをやってて、今まで泉谷しげるのことをなんとも思ったことなかったけど、なんだかものすごく共感して、もう一度ちゃんと読みたいなと思って検索したら簡単に出たので載せます。

「自分達の『昭和』っていうのはね、猥雑でガサツで、野望が音にも態度にも表れてたんで。今は民度が上がったのかどうなのかわからないけどさ、『こういう事を言っちゃいけねぇんじゃねえか』とか『こういう思いを言ったら暑苦しいな』とか、そういうつまらない民度の上がり方が音楽にいま表れてるんじゃないかっていう気がするんだな」
「とんでもない事をやりたがってきたのは、自分がとっても『普通の人間』だっていうのを知ってるからだと思うんだよな。おそらく自分の中の『普通さ』が嫌なんだろうと思うんだよね。普通ですよ。ものすごく常識人だと思いますね、自分では。それが嫌なんだよね。異様に見られたいというか、変に見られたいというか。」

かっこいいですよ。まともぶろうとする意識の高い人間よりよほどかっこいいし、わたしはこういうホットな人が好き。ホットでクールで突き抜けるのを躊躇しない人が好き。温度を気にして発言せなならんのはひとえにソーシャルネットワーク的な何かの進歩による負の産物だと思う。暑いことも言えないし寒いことも言えない。要するにそういうのを考えながら一周回ってる間に温かいものも冷めてしまう。しらけちまうんです。
その暑苦しさで思い出したのが、前にサンボマスターの人が佐野元春のトーク番組で喋ってたことがとても印象的で、これも探したら簡単に出たので載せます。

「ロックンロールの教科書になってることをやめようと思った。ロックの十何ページを見たら『反抗』て書いてて、ロックの四十何ページを見たら『もう誰も信じない』て書いてあったりとか、ロックの最後の方見たら『実は俺も孤独だった』て書いてて、なんだこれって。そういうのもうやめようと思った」
「偽善も偽悪も嫌だ。自己憐憫も嫌だ。もしもこの状況で、僕が「人間なんか一人なんだよ」と言って、その時に出てくる嫌らしさ、負のシンクロが嫌でしょうがない。打算で「一人なんだよ」と言って、それでお金が振り込まれたら、嘘だと思う。いいことをいっぱい言って、すごい儲かることもまた、自分は嫌だと思う。」

自分が信仰してきた思想とはまるで正反対で、ストレートで嫌味がなくて、この人こそロックだなぁって、そんで自分が寸分たがわず教科書どおりの何かを信仰してたんだなと思って笑っちゃうほどハッとしました。